マーテイン・ラージ著、林寧志訳 © 2019 Yasushi Hayashi
『三分節共栄社会―自由・平等・互恵・持続可能性を実現する―』12の3
それでは私たちはどのように自由・平等・互恵・持続可能な社会を地域や世界で築けばいいのでしょうか。世界中のあちこちで人々がこの問題に取り組んでいます。ストラウドからの答えは本書の囲み記事の中で取り上げ、地域文化・コミュニティ・経済刷新の様々な芽生えを錦を織りあげるように描きました。第一は、文化の刷新がクリエイティブな人間精神を向上させ、文化イニシアティブ、政治運動、経済発展を誘うエネルギーを解き放つに至ったことでした。私たちが取り組んだ文化プロジェクトには、ストラウド地方の歴史を祝う住民による劇の上演、「アップ・トゥ・アス(私たちの責任)」コミュニティ計画策定プロセスの広範囲な使用、SPACEストラウド・パフォーミング・アーツ・センター、ストラウド・ヴァレー・アーツ・スペースの安価なアトリエ提供、一連の創造的なプロジェクト、ストラウド・ヴァレー環境改善プロジェクト、ストラウド遺産保護トラスト、ペインズウィック・イン青年失業者住宅および職業訓練、様々なフェスティバル、教育に関する先進的実践、ストラウド地区博物館、多様な芸術・工芸・文化を含む文化事業などが挙げられます。町の創造的精神を向上させることによって企業や新規事業を誘致するのに成功しました。このような経済活動は出版社から始まって、パン・ケーキ製造、醸造所、いろいろな小規模協同組合事業などがあります。これらの協同組合事業は社会的企業支援の一環として「エクスチェンジ」の支援も受けています。地元地域の食料運動も勢いがあり、農産物直売場最優秀賞を獲得したファーマーズ・マーケット、コミュニティ果樹園、協同菜園、コミュニティ支援農業などがあります。ストラウド・コーハウジング・土地信託や「グロスタシャー民衆の土地」CLTなどの住宅イニシアティブや近隣作りのイニシアティブもあります。コミュニティ通貨やコミュニティ相互資産投資基金の計画も進んでいます。トランジション・タウン運動がストラウドのイニシアティブと他の地域のイニシアティブを結んでいます。
これらのプロジェクトは全て多様でダイナミックな社会・経済・文化スペースを築くのに役立っています。コミュニティが建設され、ストラウド地方の五つの盆地にその土地のユニークさが生まれました。これらはみな経済の富、社会の富、文化の富を創る例、すなわち共生社会を築き上げる例です。それは場所と仕事と人の間の会話で、様々な体験談を引き出して、文化的背景を楽しみながら優れた仕事を作り出しているのです。変化という過渡期にあるときは、結びつきを確認し合いつつ、場所とコミュニティに根を張ることが非常に大切です。ある意味で、全ては地元に帰するのです。
最後にもう一つ逸話を添えましょう。革新的なストラウドのプロジェクトのことが知られるようになると、様々な人々がストラウドを訪れ、見学し、学んで、自分たちの町での計画に役立てるようになりました。そこで、地元やイギリス全国で同じような活動にかかわっている人々と学びを交換するための場として、ストラウド・コミュニバーシティが創設されました。参加者たちは様々なプロジェクトの現場を歩いて周り、話を聞き、基盤にある価値・コンセプト・方法などを学んで、自分自身の問いに取り組みます。イギリス全国、そしてヨーロッパ各地の様々なコミュニティと絆が結ばれています。例えば、二〇〇九年三月にはノルウェーのベルゲンの近くの村アウランドから視察団が来ました。ストラウドの五つの谷間で〝大地を歩き〟ながら文化・社会・経済の背景となる土地に同調することで、場所の持つパワーを体験することが視察団員たちのハイライトでした。
インスピレーションを与えるような具体的な変革のための原則がストラウドや世界各地のコミュニティの話から生まれています。これらの原則には次のようなものがあります。
· 指針となる多様な考え方を蓄積すること。これらは環境・文化・社会・経済を刷新する様々な具体例から学べる。
· 実践例の根底にある理論・価値観・方法、およびそれらに対する評価やそれらが提示する課題を充分に調査研究し、コミュニティに伝達すること。
· 効果的なファシリテーションを提供し、参加者が省察に基づいて行動する能力を訓練できるようにすること。
· 演劇・物語・コミュニティ芸術などが変革の原動力であるということ。(最近、熱心なティーンエージャーたちが私の事務所の外でウガンダでの公演に向けて「ジュリエットの後」という劇とその劇中の歌のリハーサルを行っていましたが、とても心温まる経験でした。)
· 最後に、世界各地のコミュニティで創造性をもってに行動するファシリテーターや文化界・政界・実業界のリーダーのネットワークを築くこと。これによって、協力、視点の確認、変革のインスピレーションの交換などを行い、理解を深めつつ変革のモデルを築くことが可能になる。
これらの原則はオットー・シャーマーが言うところの「出現する未来から導く」上でのサポートになるでしょう。
出現する社会の未来像から導くということは、現在多数派である英米大企業・金融業界・政界エリートといった、後ろ向きのリーダーシップとは著しく異なります。彼らの考え方は上意下達の中央集権的な官僚主義やエリートの視点であって、自分が体制の一部であるという盲点から抜け出すことができません。自らの意識という籠の中に閉じ込められているのです。「他の方法はない」という偽情報がまかり通っています。広く一般市民が参加した議論や分析から生まれる確証のある解決策などがまったく欠けています。フィナンシャルタイムズ紙のような一流のメディアでさえ、現在の経済制度が〝創造的な破壊〟の中に道を見失っているのかもしれないと述べ、またノーベル経済学賞受賞者ジョセフ・スティグリッツも、公金が銀行に注入されたが経済に有効に作用したという証拠はほとんどないと考える、そういう時代なのです。
まったく別の状況を作り出すことは可能です。理念を持った企業や金融機関、政界リーダーたちが、今出現する未来の社会・経済・文化の秩序の芽生えを認めて支援すればよいのです。イギリスでは、ブライアン・ウィルソン国会議員がスコットランドのエッグ島遺産トラストの創立式後に帰路のフェリー中で、「コミュニティの活動にそれほど抵抗する必要はない。」と述べました。あるいは、ミシェル・オバマはホワイトハウスの庭で有機栽培の菜園を作ることで地元の食物栽培を支援しました。新しいリーダーたちは未来を見据えて行動すればよいのです。何と言っても、社会を作り直すには上からの支援と下からのビジョン・価値観・理念・エネルギーが必要だからです。
新自由主義の有害な支配から逃れながら、権力にしがみつくインテリの過去の亡霊に対抗するために方向転換することも必要です。ケイト・ピケット、リチャード・ウィルキンソン共著の新刊『平等社会―経済成長に代わる次の目標』(酒井泰介訳,東洋経済新報社,2010年)で、健康障害の主な原因は(とくに新自由主義の牙城である英米の社会では)不平等社会にあることが明らかになりましたが、そんな折、私はスウェーデンで保健制度の私有民営化に反対している医師に会いました。彼女は、危険信号は〝穏健〟新自由主義派の政府が医師たちに患者のことを〝消費者〟と呼ぶように指示したことだと語りました。
けれども、何にも増して本書で論じてきたのは、破綻した現在の新自由派資本主義制度を乗り越えて発展するには、文化・コミュニティ・市民界の領域と政治領域、経済領域の間に明確な境界線を設ける必要があるということです。特に境界線変更の重要部分は土地・労働・資本を売買すべき商品ではなくコモンズ(共有財)として保護管理(スチュワード)するという点にあります。
もう一つの重要な転換点は、かつて衰退する大英帝国がイギリス連邦[英語で〝コモンウェルス〟]として再編成されたように、私たちの社会をコモン・ウェルス[富の共栄体]として作り直すことにあります。共栄体、共栄社会を発展させる上で効果的なのは、自由・平等・互恵・持続可能性という理念に基づいて社会を三分節化することです。文化と市民界の働きを自由によって導き、人権・受給権・責任などを含む国家機能を平等の原則で貫き、産業や経済活動を友愛・互恵の理念によって組織するときに、私たちの社会は健全で裕福であり、公平かつ適応力のあるものとなります。
持続可能な社会の未来を築く上で、ジョン・ラスキンが語った共生社会のビジョンがあります。ラスキンはその著『最後の者にも』(一八六二年)の中で次のような指針を示しています。
生命以外に富はない。愛、喜び、賛美などの力を全て含めた生命である。豊かな国とは、尊く幸せな人間を数多く養う国である。豊かな人間とは、自分の人生の働きを成し遂げた後に、人として、また自分の財産を使って、他人の生活に広く助けをもたらす人間である。