『三分節共栄社会―自由・平等・互恵・持続可能性を実現する―』7の2
この章の目的は新自由主義のストーリーを分析し、何が起こっているのか、誰が恩恵を受けているのか名指しで呼ぶことでした。
まとめると、新自由主義は一般国民の所有権を剥奪して富を蓄積するプロセスと一連の金融危機に便乗するという経済的ショック療法を利用してきました。新自由主義は金持ちで権力を持った者たちの独善的なイデオロギーであることが顕わになりました。歴史的に見ると、一九四五年から七九年までの〝黄金時代〟には公共・共通・一般の国民の富と所得が増大し、現代的な平等主義的社会民主主義の社会を目標にした再分配政策が際立っていました。
この黄金時代は一九七九年以降逆転され、サッチャー首相のような新自由主義派による自己本位の資本主義が狂奔したのです。それ以後格差が著しく拡大しました。一九七九年以降労働者側と資本家側の分配の状況が大きく歪み、その激しさの故、アメリカ連邦準備制度理事会のベン・バーナンキ議長が二〇〇六年に大企業に対して増大した収益から労働者にもっと賃金を払うように促したほどです。
アンドルー・グリン著『狂奔する資本主義―格差社会から新たな福祉社会へ』参照。
ラリー・エリオットとダン・アトキンソンによると、新自由主義派の大前提は破綻し、金融エリートたちは私たちの未来を賭けに使ってしまいました。「彼らは経済的安定性を約束したが、無秩序と不安定さをもたらし、起業・倹約・自己努力に基づく経済秩序を約束したが、慢性的不安定性と無謀な投機に基づく経済秩序をもたらした」のです。さらにエリオットとアトキンソンの意見では、欧米社会は一般市民のためではなく〝金持ちの少数派〟の利益のために運営されているといいます。
L. Elliot and D. Atkinson, The Gods That Failed, London, Vintagek 2009, p. 4. (ラリー・エリオット,ダン・アトキンソン著『破綻した神々』)
その著『狂奔する資本主義―格差社会から新たな福祉社会へ』の中で一九七九年以降の新自由主義の方向を分析したオックスフォードの経済学者アンドルー・グリンは、〝黄金時代〟に作られた利得が溶き流され、歴史に逆行して古い自由放任主義に立ち返っている、と結論付けています。彼は未来を予見する重要な問いを二〇〇七年に二つ発しています。
1. 現存の金融制度が大きな危機の中で崩壊し、長期的不況が訪れることになるであろうか?
2. 北欧の社会民主主義的福祉国家はグローバリゼーションと自由市場イデオロギーの圧力に抗して存続し、平等主義的方向で発展を維持することができるであろうか?
ウィル・ハットンは、市場原理主義の影で金融業界が損失やリスクを一方的に国民に負わせ、いかに利益を得たかを分析しました。第三部ではこの〝一方的な取引〟を逆戻りさせる方法について問い、その答えとして、土地・労働・資本をコモンズとして取り戻すことを論じます。土地・労働・資本はコモンズであることを現実に即して理解することで、創造的かつ公正で持続可能な社会を今すぐ発展させてゆく方法を示します。
それでは資本主義を取り込むにはどうすればよいのでしょうか。
新自由主義と三分節社会の比較
社会の形
経済
統治形態
文化
教育
保健
芸術・
マスコミ
科学
家庭・
コミュニティ
土地・
資本
自然・
地球・
天然資源
消費
成長と発展
所得と富
主要な
原動力
支配集団
世界
統治機構
市民界
実業界
政府界
人間像
新自由主義に基づく資本主義社会
新自由主義経済:自由な市場競争,規制撤廃,グローバリゼーション,資本移動の自由化,柔軟な労働条件
乗っ取られた企業国家:〝市場民主主義〟の中で財産権が支配力を持ち,公共サービスが私有民営化される;国民に服従を強いるための監視社会および戦争(テロとの戦争,イラク戦争等)
単一文化,文化的多様性の抑圧,企業マスコミ,私有民営化された教育・保健・公共サービス,営利化された文化
個々人が代金を払って買う商品,それゆえ大学の授業料は利用者が払う;教育環境を支えるサービスを〝現代化〟し私有民営化して金儲けを行う;学生はカスタマー,教師は生産者
市場で売買され,私有民営化された営利目的の医療会社によって提供される商品;病人は個人保険をもつ消費者
大量市場のために大企業によって乗っ取られた芸術とマスコミ
大学研究機関経由で公の補助金から財源を得ながらも,利益・私的特許権の獲得という目的のために乗っ取られた科学
子どもの生活が商品化され,営利化されている;子ども・家庭・コミュニティの全国的な画一化・官僚化
市場の商品と化した土地・資本;私的所有;所有権と権力の集中
環境破壊,採掘・抽出,廃棄物の投棄,代償の社会への押し付けによって得る企業利益
欲望を刺激する超消費主義
GNPによって測定される,雇用なし・容赦なし・未来なし・根幹なし・意味なし・声なしの経済成長
富と所得の不平等の拡大;企業や政界のエリートによる共同の富の没収;権利意識;就労を条件とするワークフェア
私利の獲得に基づく競争心―「社会などというものは存在しない」
企業エリートと富豪およびそれに従属する有力政治家;有名人文化,「勝者独り占め」の文化
国の有力政治家が独裁的な経済機関(WTO,IMF,世界銀行等)や軍事同盟に権力を委譲する;国連はおおかた脇役になる
経済界・政府界の経費削減のために福祉・文化・公共サービスを押し付ける手段(将軍や政治家はバザーや募金によってミサイルの資金調達をすることなど夢にも見ない)
大規模化し続ける企業と世界金融市場によって支配された民間事業;政府によってまかなわれるインフラ・企業救済・自己訂正力のある市場の柔軟規制に依存する
治安・サービスの外部委託,国民の服従の確保,協力的な司法と立法,大企業に良好な状況を作り出す(柔軟な規制制度・公有資産の安価売却・優遇税制・タックスへイヴン・企業救済・回転ドア人事)
理性的で競争心をもった,私利私欲を求める経済人
三分節共栄社会
友愛に基づく緑の経済:生産者・流通業者・消費者間の連携・協議
人権・受給権・社会正義に焦点を当てた参加型代表民主主義;計画を重視し,市民に力を付与し,資財を提供し,人間としての安全保障を促す平等と社会的包摂に基づく統治
自由の原理に基づいた,自律的で自己組織化する文化団体としての教育・保健・マスコミ,およびコミュニティ,市民界
自由な教育は文化的権利,共同の利益,社会の未来への投資である;非営利的に運営される;学生は積極的学習者・探求者で権利を持ったクライエント
保健をコモンズ・共同の利益と考え,各分野が統合され,全てを網羅し,自律的に運営される公共医療サービス;市民が自分の健康に責任を持ち、医療サービスの運営と関わってゆく
自由で独立したマスコミおよび自己組織化する多様なグループからなる芸術部門;資金は会員による贈与,助成金,実業界からの寄付,クリエイティブコモンズの料金
研究そのものが目的である自由で独立した科学的研究;応用科学の研究は政府・市民界・実業界によって合意された優先度に従う
子どもの生活を尊重する,自由で創造的な家庭やコミュニティにおける多様なライフスタイル
コモンズとして社会的に信託される土地・資本;社会の利益のために保護管理し、個人・事業イニシアティブのためにリースする;個人の法定所有権
環境に見合った技術やリサイクリング・修理・再使用により地球資源の限度内で生活する;炭素排出の上限設定と取引;回復力への再設計
必要性に基づく持続可能な消費
持続可能経済福祉指標(ISEW)で測られる,持続可能で適応力があり公平な定常型経済
社会的包摂・保障・公平のための基盤となる市民のベーシックインカム;自己の蓄え;共同の富と公共サービスの利用権利
個人の自己実現と成長、共同の利益のための市民参画、相互利益のための経済的連携協議組織という三側面のバランス
文化的な最善追求,公共サービス,経済協働を通じた、広範に分散したリーダーシップおよび仲介機関・直接行動
世界中での三分節フォーラムを通じて国連・WTO・IMF・世界銀行などを再定義・民主化する;国際刑事裁判所などの機関の強化;ミレニアム目標の達成・フェアトレード・人権・環境保護・社会正義・平和的紛争解決・グッドガバナンス[良好統治]を通しての人間の安全保障
コミュニティ・文化セクターの指導組織;他の文化組織とともに模範的実践を行い,人間精神を向上させ,価値観を変える
連携・協議してフェアトレードに取り組む相互組織や協同組合セクターを通じて社会事業を達成する;消費者・流通業者・生産者を充分に統合した統治形態;世界経済に組み込まれ、地域に根ざす存続可能な中小事業の経済
独立した立法と司法と協力し,人間的・政治的・経済的・文化的な権利や受給権を保障する;公共事業・文化事業に必要な資金をビジネス経済セクターと同意し,広範な公開討論や審議を通して国民参加の政策立案をする
連携・協議して相互利益を追求する生産者と消費者;個人と社会の利益のバランスを求めて自己実現を目指す能動的な市民