これから述べることは私個人の考えです。この文章の最後のほうの「市民界運動」に関することは「社会三分節論」から出てくる考え方ですが、核兵器に関する意見は「社会三分節」の概念から導かれるものではありません。予めご了承ください。
【ICANの始まり】
「核戦争防止国際医師会議」のロン・マコイ氏は、滞っている核軍縮を進めるためには水平思考と新しいアプローチが必要だと考えました。そこで、市民が市民に働きかける運動を発案、International Campaign to Abolish Nuclear WeaponsをアクロニムでICAN(アイ・キャン)と呼ぼう」と呼びかけました。これに賛同したオーストラリア・メルボルンの6人は、2007年にグローバル・キャンペーンで、若い人たちを関与させる運動を開始しました。世界中の様々なパートナー組織を結ぶ幅広い連動キャンペーンにするというのが重要な柱でした。また、明確で説得力のある目標を設定するために「いったん使用されれば無差別の大惨事を引き起こすのだから絶対容認できない」という点を強調し、すでに生物兵器・化学兵器・クラスター弾・対人地雷などを非合法化することに成功した、包括的で拘束力を持つ条約の採択・発効を目指すことにしたのです。
「草の根運動」を始めても、実際に核兵器の廃絶を達成するには核大国がまず同意しなくてはどうにもならない、という意見もありました。確かに、一般市民や核兵器を持たない国々は核兵器を廃絶することはできません。けれども、一挙に目標に到達できなくてもそこに近づくためにできることが何かあるはずです。そこで行き着いたのが、生物兵器や対人地雷などが非合法化されているのに、全人類を破滅に陥れる可能性のある核兵器が非合法化されていない、という法のギャップを埋める方略でした。これなら、核保有国や「核の傘」の下にある国々が参加しなくても国際法上核兵器を禁止することができるはずです。
2007年に生まれたICAN運動は同じ目標を持つ他の組織と連携する形で運動を進め、2010年にはヨーロッパのオスロおよびジュネーヴに事務所を置くようになり、国際赤十字・赤新月運動やその他のパートナーとともに今年2017年7月に122か国・地域の賛成多数で核兵器禁止条約が国連で採択されました。
【日本もオーストラリアもアメリカの核の傘の下】
現在、米露英仏中の五大国およびインド・パキスタン・北朝鮮・イスラエルが核保有国ですが、これらの国々のほか、アメリカの「核の傘」の下にある国々も一様に条約交渉に不参加を表明しました。ICAN運動発祥地のオーストラリアも、被爆国日本も、さらにノーベル平和賞を授与するノルウェーも不参加でした。
「核抑止力による安全保障」というパラダイムの中では、核を保有する各国にとっては〝最後の切り札〟〝必殺技〟として軍事力に箔付けする核兵器ですが、人類全体から見るとそれは単に極めて有害な危険物に他なりません。一回使うことによって人類が被る影響を考えると、決して使用することが許されないものです。そのことを世界中の人々に目覚めさせ、核兵器を非合法化するのがこの条約の目的です。たとえ全世界の国々が条約を批准したとしても、核兵器の廃棄は国際的な監視のもとに国際情勢のバランスをとりながら段階を追って行うことになるでしょう。ですから、「核の傘」の下にある国々にとっても当分の間は現状が維持できるはずです。それにもかかわらず、条約反対、交渉不参加というのでは、日本がいくら「平和憲法」9条の条文だけ守っても世界の平和運動のリーダーにはなれません。現在の「核拡散防止条約」は結局、核保有国どうしが〝自分たちだけの核兵器保持を正当化する〟ための手段にすぎません。いや、北朝鮮のように、条約があっても、作ろうという意志がある国には何の障害にもなっていないのです。誰が核兵器を持つかが問題なのではなく、核兵器自体が問題であることに気づかなくてはいけないでしょう。
【日本のICANパートナー】
ICANは世界各国のNGOなどから構成されています。日本からはピースボート、核戦争に反対する医師の会、創価学会インターナショナル、ヒューマンライツ・ナウ、広島の芸術家集団Project Now! などが参加しているということです。これだけを見ても、幅広い市民の集いが、国際交流・医療・宗教・人権擁護・芸術などの様々な立場から、核兵器廃絶運動にかかわっていることがわかります。必ずしも各専門領域の全国中央組織が参加しているわけでなく、個々の組織が「自分の意志」でICANに参加しているのです。特にピースボートは、同組織を代表する川崎哲氏がICANの国際運営委員をつとめていて、核廃絶運動に深くかかわってきました。
【民際・市民界組織・市民一人一人のかかわり】
NGOとは非政府組織の意味、NPOは非営利団体の意味ですが、実はどちらも、「非政府」であり「非営利」なのです。つまり「政府界」にも「実業界」にも属さない「市民界組織」です。日本では国際的な組織をNGO、国内の小規模の団体をNPOと呼んで区別しています。専門家の組織もありますし、「素人」がボランティアとして参加できる組織もあります。実はこの市民界の中にこれからの「社会の真のリーダーシップ」があるのです。
今回のノーベル平和賞を受賞したICANについて見るとよくわかります。オバマ大統領(当時)も核兵器の廃絶に向けて努力する意思表示をしましたが、現職の大統領であると結局は理想よりも実現を重視せざるをえません。実際に、核抑止力を説く国々で政権を担当している政治家は核兵器禁止条約に反対するか、慎重であるかのどちらかが普通です。望ましいことであっても〝理想的に過ぎる〟と考えられていることを主張していては政権が取れないからです。だからと言って国民各層がレアルポリティーク(現実政治)に甘んじているばかりでは、社会が進展しないばかりでなく、権力との妥協によって戦争などに巻き込まれる危険もあります。ここで重要なのが市民の行動、市民界組織の運動です。デモなどの政治的示威行為(例えば、日本でいえば「改憲反対」のデモ)もそうですが、それ以前に、まず第一に市民界組織による文化・社会運動、啓蒙運動が必要だと思います。「平和憲法」や核兵器廃絶の問題でいえば、歴史の学習(太平洋戦争中に日本軍がオーストラリアを爆撃したことを知っていますか?)、中国人・韓国人との交流、「おりづるプロジェクト」(ピースボートのウェブサイト参照。http://peaceboat.org/projects/hibakusha.html)、被爆者やビキニ環礁のあるマーシャル諸島の人々との連帯など、可能性は限りありません。
それに加えて、非政府系のシンクタンクによる「政策提言」が必要です。色々な角度から様々な提言が出てくるのがよいのです。それを報道するジャーナリズムも重要ですし、それを市民が学習し、議論しあうタウン・ミーティングやオンライン・ディスカッションなども必要です。そのような下地があって初めて、デモによる示威行為が効果的になるのではないでしょうか。国会では、もともと核兵器禁止条約に反対の議員・政党は意見を変えることがないかもしれませんが、「慎重派」の議員・政党は国民の意思をはかって、条約賛成にまわるかもしれません。脱原子力発電の問題などでも同じです。「護憲」を説くのなら、〝条文を変えない〟ということばかりでなく、どうやって平和を築き上げるかの議論を、政治家でなく市民が始めなければならないのです。
社会を変革する真のリーダーシップは市民界から始まります。その第一歩は市民一人一人の行動です。取り組むべき課題は山積みですから、一人一人がすべての社会問題に取り組むことはできません。それでもやはり社会変革は あなたの一歩(一票ではありません!)にかかっています。(〝I CAN〟とはよく名付けたものです。)
意識的市民として、あなたは何にかかわっていきますか?
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