オーストラリアには「The Australia Institute」という進歩的な啓蒙・政策提言団体が「Follow the Money」というポッドキャストを月に一回ほど配信しています。「お金を追跡!」とでも訳せましょうか、ともすれば一般市民には分かりにくい政治経済問題をかみ砕いて説明する番組です。今回のブログは2017年12月配信分の番組を元に書きました。
【消費者の行動と経済構造】
家族と休日を楽しく過ごすために、一昔前はのんびり散歩したり、家でちょっとご馳走を作ったりしましたが、現在ではショッピングセンターで買い物をしてレストランで食事をすることが多いようです。習慣が変わりました。オーストラリアの最近の「カフェー文化」では通勤時のコーヒーのテイクアウトのほか、若い世代の人々が友人とともにアボカド等を乗せたトーストを朝食に食べるのがはやりです。40年前はおかねを払って朝食をとるようなことはあまりなかったと言われます。昔はお金を使わなかったことに対して今お金を払っているということは、経済の構造が変わったということでもあります。飲食店をはじめとする小売業界に従事する人々の割合が増えているのです。
今ではなくてはならないパソコンやスマートフォンが普及したのはつい最近のことですが、IT産業の発展には目を見張るものがあります。自動車産業などを見ても、化石燃料車から電気自動車・燃料電池車への転換のほか、人工知能を搭載した自動運転車の開発など、「機械」から「電子」への比重が高まっています。石炭が使われなくなり、再生可能エネルギーが発展するのは時代の流れで、これにしたがって産業や経済構造が変わるのも当然です。
【アフルエンザ〝豊かさ病〟】
アフルエンザは、豊かな社会(affluent society)にインフルエンザのように蔓延する精神的症候群で、消費伝染病とも訳されます。「それほどカネがあるわけでもないのに必要ないものを次々買わないと〝みんな〟に受け入れられない」と考え、そのためのカネを稼ぐためにあくせく働く、という現代の病気です。ウィキペディアでは「金満病」として載っています。
お金を払えば何でも手に入ると考えられているふしがあり、落ち込んだ気持ちを晴らすために買い物をするというRetail therapy〝ショッピング・セラピー〟などという言葉もあります。「消費文化」というか、‶購入の文化〟です。また、「計画的陳腐化」という概念もあります。これは製品の寿命を意図的に短く設定したり、新製品の出現が旧製品の継続的使用を妨げるようにすることで、消費者が常に新たな商品を買うように生産者が誘導する方法です。電気製品などを修理したくても、修理する業者がいなかったり、部品が製造されなかったりしますし、修理するより新しいのを買うほうが安くつくことが多いのです。これは〝売りつける文化〟です。このような状況はとにかく使い捨て、無駄遣いなどに結びつき、およそ持続可能性とは相いれないものです。
この「消費文化」にどっぷりつかっていると、これを変えるのはとても困難なことに思えます。しかし、文化は不可避なものでも永続するものでもありません。現在そういう習慣に〝はまっている〟ということに他なりません。このような文化がどのようにして生まれたのかを知ることで、私たち自身が作った習慣を少しずつ変えることも可能なのです。
【価値観を変える】
気候変動や持続可能性に取り組むには、再生可能エネルギーの開発など、様々な政策や新しい技術も必要ですが、私たちはもっと根源的なところで意識の変化を起こす必要があります。どんどんモノを買って次々にごみとして地中に埋めるのがどうして豊かさにつながるのでしょうか? 文化規範が私たちの行動を規定しますが、同時に私たちの判断や決断がこれからの文化の形を決定します。
昔は買い物かごをもって買い物に行きました。みんなが買い物袋を持参し、不要な包装を拒否するようになれば地中に埋めるビニールやプラスティックの量を減らすことができます。オーストラリアでは州によっていまだにレジ袋が無料で配布されるところがありますが、首都であるキャンベラ市では法律でレジ袋の無料提供が禁止されています。これは法律によって新たな生活習慣・価値観を創るわけではなく、市民の価値観の変化が先にあり、それを反映して規範化するために法律ができたのだといえます。
ほとんど履かないような靴や着ないようなシャツを買ったり、なくてもいいような小物を買ったりするのをやめて、歌やダンスのレッスンを受けたり、マッサージやコンサートに行ったりするようになれば、経済のあり方が「不要な物の生産」から「サービスの提供」に変わります。このような変化は上から押し付けられるものではなく、個々の人の生活の変化から引き起こされます。
【消費主義から物質主義へ】
「計画的陳腐化」のような考えは現在の「文化」のあり方から出てきたものです。以前は家庭用電気製品は何十年も使えるのが当然に思われていましたが、現在はモノを修理するのがなかなか大変です。電気製品を修理してもらいたい人が町に一人しかいなければ修理業者の成り手がありませんが、大勢の人がいろいろなものを修理したいと望むようになると修理業をやる人が出てきます。需要があるところにはそれを供給する人が出てくるのです。修理業者が増えれば修理にかかる費用も下がります。現在は部品が製造されていないために修理が不可能な製品も、3Dプリンティング立体印刷の技術を使えば必要な部品を手に入れることが容易になります。
世界各国で「リペア・カフェ」〝修繕喫茶〟と呼ばれるイベントが開かれるようになっています。壊れた電気製品や家具などを修理するだけでなく、それを持ち込む人たちとそれを修理するボランティアの人たちの交流を通じて、自分でモノを直して使うという価値観を広める運動です。〝使い捨て文化〟に対抗する新たな文化の創造です。50年前は製造者も製品に対する責任感を持っていました。それが変わったのは人々の価値観・文化が変わったからです。それをまた変えることもできるはずです。
「モノやカネを所有することを望み、物質的な満足を最大の価値とする主義や傾向」という意味で〝物質主義〟という言葉が使われますが、これは実のところ購買主義・大量消費主義と呼ぶのが当たっています。新しいモノを買うことに喜びを見出すというのは一時的な喜びに過ぎず、その高揚した幸福感が去ったら、また新たな購買をする必要が出てきます。これを続けるために買った物を「使い捨て」することになります。これに対して、本当に「物質的なモノ」を重視するなら、「買った」物だけでなく「作った」ものも尊重して、長持ちさせる〝物質尊重主義〟になるわけで、こちらのほうは褒められるべきことです。
このような意識の変化を引き起こせれば、持続可能な発展に寄与するだけでなく、人と人とのふれあいを大切にした新しい文化を形成することになります。このような変化を引き起こすのは政治家でもなければ、企業の意向でもありません。多様なイニシアチブや試行錯誤を通じて文化を発展させる市民界に属する、「あなた」にかかっているのです。
コメントをお書きください