【免責情報】
「今の経済って、何かおかしい。」そういう思いから私はR. シュタイナーの経済学講座や関連する論考などを読んでいます。経済や財政については全くの素人です。今回のブログの根幹はマイケル・スペンスの『ポスト資本主義』(Michael Spence, After Capitalism, Adonis Press, NY, USA, 2014)で学んだことです。
【この株価暴落はブラックマンデー?】
2018年2月5日(月曜日)から9日にかけて世界各地の株式市場で株価が急落しました。1987年10月19日月曜日に始まった世界的な株の大暴落がBlack Monday(暗黒の月曜日)と呼ばれているので、それにかけて、小幡績氏はニューズウィーク日本語Web版(2018.02.07)に「この株価暴落はブラックマンデー2.0だ」というコラム記事を書いています。その中で氏は次のように述べています。「今回の下落は何か、という様々な解説がなされている。要は、雇用統計で賃金が上がりすぎていたからインフレ懸念、そして利上げ懸念、その結果長期利子率が上昇したこと、というのが一般的だ。これが間違っているのは、前述したとおり」で「下落した理由はただ一つ。上がりすぎたから暴落した。それだけのことで、それ以外の理由は何もないのである。上がりすぎたから、みんなもうそろそろ売りたい。しかし、欲張りだから、まだ上がるかもしれないと思っている。全員が売るタイミングを待ち構えている。そこへ、賃金上昇だろうが金利懸念だろうが、理由は何でも良く、大きく下落が始まった。すわ売り時、とみなが売りに殺到した。それだけのことである。」
なるほど、そういうものなのでしょう。でもそうだとしたら、株の取引とはいったい何のためにあるのでしょうか。
【利子の支払いと配当金の支払い】
ビジネスを立ち上げるときには資金が必要です。起業者が充分な資本を持っていないのなら、ほかの人から資金を募ることになります。ここで述べることは大雑把な一般論ですが、資金を集めるには二つの可能性があります。銀行や個人から借りる(融資を受ける)か、出資してもらうかです。資金を借りるのなら、会社がもうかったときに利子をつけて返済することになります。貸し手としては、ビジネスが失敗したら貸したお金が戻らなくなるリスクがあるので、成功したときに受け取る利子はその見返りだということができます。融資した金額がすべて返済された段階で、融資者と会社のそれまでの関係は解消されます。
もう一つの方法は、会社の事業に関心のある人たちが出資することによって会社の所有権を得る(共有する)方法です。株式の売買を通じてこれを行うのが株式会社です。出資者はリスクを承知で会社に出資するわけですから、見返りとして、会社がもうかれば、持ち株の比率に応じて配当金を受け取ります。もうからなければ配当金は出ませんし、全然もうからずに会社が破産してしまえば、元を取れずに出資額を失うことになります。いったん出資したお金は融資ではないので戻ってきませんが、株を持っている限りはいつまでも配当金を受け取ることができます。融資だったら、貸した金額が返済された時点で融資者と会社の関係が解消されるのと対照的です。
【配当金と売却益】
会社の経営がうまくいって利益が上がると、配当金が増えることになります。ある会社の株が一株1000円から買えるとします。20万円分の株を買うとすると、1000円の株が200株手に入ることになります。株価の10%ほどの配当金が出るとすると、20万円分の株を持っている人は2万円の配当を毎年受け取ることになります。このままいけば、10年で元が取れる勘定です。
さて、会社の経営が順調で将来に向けて事業が成長し、配当金も増加することが期待されると、この会社の株の価値が上昇して、例えば1株1000円だったものが1500円に値上がりしたりします。初めに出資した20万円の株の市場価格が30万円になるわけです。20万円出資した人は、今のところ年に2万円に留まっている配当金の他に、10万円の潜在的な利益(資本の増大)を得たことになります。実際に株を売り払ったときにこれが手に入るわけで、資産売却益、キャピタルゲインと呼ばれます。これに対して、融資における利子の支払いや配当金によって得る利益をインカムゲインと呼びます。
【キャピタルゲインとは何なのか】
配当金や利子の支払いであるインカムゲインは、会社の生産活動から直接生じた「正真正銘の価値」が、生産に携わっていた経営者および労働者から会社の所有者に受け渡されたものです。ところがキャピタルゲインのほうは、単に株価が上昇したことによって得られた利益で、実際に生産されたものとは全く対応しない、幻の「価値」です。つまりこの‶お金〟は誰も働いていないのに作り出されたものであり、ある意味で偽札と変わりないものです。偽札が大量に出回って使われるようになると本来の貨幣の価値が下がることになるので、偽札の価値は「社会全体が負う負債」に裏打ちされていると言えます。合法的に作り出された資産売却益・キャピタルゲインという‶価値〟も目には見えないながらも「社会全体が負う負債」に裏打ちされた、偽の価値に他なりません。社会にとって有益な生産活動がまったく行われないのに、株価が上がるだろうか、下がるだろうかと、思惑に基づいて取引(投機)するわけですから、ギャンブルに似ていると言えます。
【株を買っても会社を支援しているとは限らない】
起業の際や事業の拡大が行われるときに出資する人たちは、例えば「電気自動車の開発を援助したい」とか、「地元の産業を支援しよう」などと、事業内容に関心があって出資することがあります。そのような出資者たちも時がたつとその株を手放すことがありますが、その株を買う「次の代の」株主たちは事業内容には全く関心がなくて、配当金が良ければどんなビジネスにでも投資する、という場合が普通でしょう。それもそのはずです。株を買い取るために「次の代」の株主が支払ったお金は会社につぎ込まれるのではなく、株の売り手にわたるものだからです。投資家が新規の株を買う時に支払った金額は会社の資金になりますが、その後の株の売り買いは基本的には会社の事業とは何のかかわりもないのです。初めは1000円だった株がその後1万円に値上がりしたとしても、会社の事業につぎ込まれたのは初めの1000円だけです。残りの9000円はそれ以後その株を売り買いした人々の間を巡っているだけなのです。
会社を(部分的にでも)所有する権利を表す株というものが、机やイスのようなモノと同じように「商品」として扱われています。しかし、本来「会社の所有権」は会社の事業活動に方向を与える「権利」であるはずで、利益を求めて売り買いされるべき「商品」ではありません。商品でなく権利であるなら、「会社の所有権」が必要なくなった人は、その会社の事業のあり方に関心のある人々にその権利を譲渡するのが本来の姿でしょう。権利と商品をはっきり区別しないことが現代経済の混乱の一因です。
【分業の根本は互恵の原理】
経済領域の生産活動の基本は「分業」であり、分業するがゆえに生産性が高まります。そもそも根本にあるのは生産や流通にかかわる人々がみな協働しながら、お互いの利益のために自分の役割を果たすということです。ところが、この「互恵」の代わりに、「土地の所有」や「生産手段の所有」を通して利己主義に基づく「私利の追求」が経済活動の基本原理とみなされています。
世界中の富を公平に分かち合うことができれば、すべての人々が満足に生活できる程度の経済的水準が達成されるはずです。その上で、すべての人々が自分の能力に応じて社会的に貢献するようになれば、世界の人々の生活水準や幸福度が飛躍的に伸びるはずです。そのような世界を実現するための第一歩は、実際に健全に機能している経済活動を観察して、そこに「互恵」の原理が働いているのに気づくこと、そして、社会に有益なことを何もせずに金もうけをするのは倫理に反すると感じることではないでしょうか。そのように考える人が増えれば、経済制度を変革する方法がおのずと生まれてくると思います。
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