【ロビイングとは】
ロビイング/ロビー活動とは政策決定に影響を与えようとする活動のことです。オーストラリアでは近年外国と緊密な関係を持つ裕福な住民(母国の国籍をもったままオーストラリアの永住権を得たり市民権をとったりした人たち)がオーストラリアの政党に多額の献金を行っていることが問題になっています。オーストラリアは移民の国ですから外国と深い関係を保つ国民がいても不思議はないのですが、近年中国から来た金持ちが母国が有利になるようにオーストラリアの政治家に影響力を振るおうとしているのではないかという疑いが出てきたのです。その辺の「透明度を高めるため」という名目で現在オーストラリアの国会で「選挙資金開示に関する改革法案」が議論されています。
この法案は保守派の自由党国民党連合が提出したもので、「政治的な活動をする団体」に年間約2万円以上の寄付を行う人は正式の立会人の前で市民権ないし永住権を持っていることを宣言し署名することを義務付ける、という内容です。けれどもこの「政治的活動をする団体」の範疇に、選挙で候補者を立てる政党や特定の政党を支持する団体だけでなく、特定の政治的主張(日本でいえば「原発反対」とか「安保法制反対」とか)をする団体も含まれています。そのため、進歩派は、宣誓・署名を義務付けることで保守派が市民の政治活動を制限しようとしていると考え、法案に反対する運動を行っています。
献金による政治への影響力ということでは、外国からの影響のほかに、ある意味でもっと深刻な大企業や業界団体からの政治家や政党への圧力があります。アメリカでは全米ライフル協会が多額の政治献金を行っているために、学校などでの乱射事件が多発しているにもかかわらず、銃規制法案が成立しません。ロビー活動はどれも民主主義の精神に反するものばかりなのでしょうか。
【三界分立の概念が役に立つ】
現代社会を観察すると、人々の〝生き方〟の発現である文化の領域と、人々が生業を通じて富を創造する経済の領域と、個人や団体の関係を規定・調整する政治・法制の領域があることに気づきます。文化領域で活動するのがNPO(非営利団体)をはじめとする「市民界組織」ですが、市民界組織は学術・芸術・娯楽・教育・医療・メディアなどの活動を通じて、文化の内容を創造したり維持したりする一方、人々の潜在的な可能性の実現を直接サポートします。文化は人々の価値観やアイデンティティーを規定するので社会に大きな影響力を持ちます。
経済領域では会社や営利団体が「事業」を通じて物品の生産/製造・流通・消費に携わっています。「富」を創造する「実業界」です。もし誰もが完全な自給自足をめざすと、みんな自分の衣食住に必要な物を作るのに精一杯で他のことができなくなりますが、人々が分業すると、各人は自分の選んだ活動に専念することで他の人々が必要とするものを効率的に提供し、社会全体として衣食住のための生産に携わらなくても済む「余裕の時間」すなわち「富」が生まれます。社会に余裕が出れば出るほど文化が栄えるので、経済は社会に大きな影響力を持ちます。
政治・法制の領域では国や自治体(「政府界」・「国公界)が社会のルール・規則を作り、それを執行します。その規則(法律)が多くの人の意向を反映するようにするのが民主主義で、有権者の意見は誰のものでも同じように重んじられなければなりません。民主的な法治国家においては国民主権という権威のもとに法律が絶対的な拘束力が持つので、政府界は社会に大きな影響力を持ちます。
単純に考えると、政治活動は「政府界」の仕組み(選挙)を通じて行われるものですから、政治的主張や議論は諸政党が行い、文化領域の組織(例えば宗教団体とか学者や教師の団体)や実業界の団体などは政治的な活動をするべきではない、というのが正しいように思えます。けれども、これは間違っています。人々の視野を広め、価値観を深める、すなわち世論の形成は実は文化領域に属することであって、政治・法制の役割は多様な価値観を民主的に集約して法律を制定し執行することだからです。
【世論の形成】
気候の変動をとってみると、科学者たちは国民に研究成果を知らせ、どんな対策をとるべきか啓蒙する必要があります。電力供給について考えると、水力発電や火力発電に携わる技術者、再生可能エネルギーの研究開発者、原子力発電の研究者や事業体、電力供給に携わる各レベルの企業、大量の電気を消費する産業を代表する業界団体、さまざまな発電方式が環境や人体に与える影響について論じることのできる学者や労働組合など、すべての意見が国民に知らされて初めて適切な世論が形成されます。
妊娠中絶や安楽死をとってみると、医師たちが医師としての立場から、心のケアに携わる人たちがその立場から、宗教団体がそれぞれの宗教の立場から、独自の主張をして国民の理解に訴えるのは当然です。銃規制について考えると、銃の愛好家たちも、医療関係者たちも、教育者たちも、治安維持に携わる人たちも、それぞれ独自の視点から意見を主張するのが許されなければなりません。
このような組織や団体が国民全体に意見や主張を広める活動をするのは当然認められる必要があるはずです。啓蒙活動と言ってよいでしょう。また、政治家に直接陳情する必要があることもあるでしょう。これがロビー活動です。先に、世論形成のために「業界団体」や「治安維持に携わる人たち」も含めましたが、「主張を知らせる」という限りにおいては実業界の組織であっても政府界の一部であっても、市民界組織と同等に、意見することができなくてはならないのではないでしょうか。「言論の自由」は個人だけでなく団体にも当てはまるのだと思います。ただし、問題なのはこれらの組織や団体がカネやモノで政治家や政党の意見・政策に影響力を振るうことです。政策内容の良し悪しではなく、自分や仲間が得をするからという理由で政治家や政党が行動してはいけません。政治献金や賄賂は民主主義に反するのです。政党の活動費は個人からの(一定額までの)寄付金や国からの支給金で賄うのが良いでしょう。また、大企業がその大きな経済力を使って法外な宣伝を行うのは健全ではありません。したがって、企業の政治活動は規制する必要があります。
【市民界の役割】
業界団体や労働組合、大きな市民界組織は資金力や組織力が強いので〝声〟が大きく、政策決定に容易に影響を与えることができます。けれども、大きな組織はその特定の立場から抜け出ることが難しく、細かいところで異なる意見を尊重することができない場合があります。そこで、市民の間に自然発生的に生まれる運動(例えば安保関連法案に反対して生まれたさまざまな組織など)や話題になりにくい〝小さな〟論点(例えば性的マイノリティーへの差別や外国人労働者への待遇など)に取り組むNPO法人などの役割が重要になります。これらはいずれも市民が積極的に社会の動向に関わり、意思表示し、行動するということです。20年前に成立したNPO法(特定非営利活動促進法)によって市民界組織の活動が容易になりました。これらの市民の取り組みが行政や企業のやり残したことをこなすだけでなく、「草の根」から国民全体に広く発信して人々の意識を高め、問題解決に向けてアイデアを提起するのも市民界組織です。またそこから政治家に直接働きかけてゆくのが「草の根ロビイング」です。この4月19日に『草の根ロビイング勉強会』がNPO法人化して「市民アドボカシー連盟」が発足するそうです。その活躍に期待したいと思います。
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