マーテイン・ラージ著、林寧志訳 © 2019 Yasushi Hayashi
『三分節共栄社会―自由・平等・互恵・持続可能性を実現する―』1の2
実践に関わりながら前向きな解決策を探るのも必要ですが、このような状況に陥った原因を理解するのもまた重要です。私たちが直面するエネルギー・金融・気候・貧困・食料・民主主義などの危機の根本的な原因は、私たちが従来持っていたコモンズ(共有財)、すなわち土地・水・文化・電波の周波数・公共施設・水道等の公共事業などが次々と囲い込まれ、私営化され、私たちが買い戻さなければならなくなっていることにあります。「もう一つの経済サミット(The Other Economic Summit:TOES)」にかかわってきたジェームズ・ロバートソンはコモンズを「共有資源」と定義して、「これらの資源の価値は自然および社会全体の活動・需要から生まれるのであり、個々の人間や組織の努力や技能によるものではない。」としています。
Molly Scott Cato, Green Economics: An Introduction to Theory, Policy and Practice, London, Earthscan, 2008, p.162. モリー・スコット・ケイトー『緑の経済学―理論・政策・実践の紹介』より引用。
イギリスの土地の囲い込み運動(十六・十八世紀)はよく知られていますが、他の共有財に対する囲い込みもここ三十年来しだいに増しています。私たちのコモンズが次々と囲い込まれ、私物化される時代になっているのです。土地・水・空気・作物の種子・人間の遺伝子のゲノムといった自然の賜物や、資本・金融制度・公共財産・文化・医療・教育などの人間が創造したコモンズが、全て市場で売買される商品になってしまいました。いまや金さえあれば何でも買える時代となったのです。
したがって、本書は共同の富を回復することを通してもっと自由で公平、互恵的であり持続可能な社会をもたらすことを説きます。変革の出発点としては小さなスケールで解決策を探るのがよいでしょう。しかし、それには資源や財産が必要になります。コミュニティに支えられた食料生産を行うには手ごろな金額で利用できる土地が必要です。そこで、本書は本来商品化になじまない土地や資本は、所有する権利の代わりに使用する権利を認めるべきだと論じます。土地を商品として扱うと、市場が機能不全に陥るばかりか社会の荒廃を招きます。安価な住宅が不足しているために、イギリスで九世帯に一世帯の割合で住宅ローンの残高が住宅の評価額を上回ている状況から、それが見て取れます。
歴史的に見ると、すべてのコモンズが政府の公的管理や私有民営企業の市場セクターによって管理されてきた訳ではありません。多くのコモンズが教会・慈善団体・コモンズ管理団体などのコミュニティ組織によって管理されてきました。ボランティア組織やコミュニティ組織などが今「市民界」として生まれ変わる中で、資産を共同管理したり相互管理したりする新たな形態が出現しています。その一つ、コミュニティ土地信託については第十章「住民のための土地」で詳しく検討します。
本書はまた、ここ三十年来続いた「野放しの市場原理型資本主義政策」が招いた現在の危機こそ、新たに出現する社会形態について考える絶好のチャンスだと指摘します。大企業に乗っ取られた国家を万人の幸福のために働く政府に転換することは可能です。連携・協議の原理に基づいて公正な経済を発展させ、新自由主義・市場原理主義から経済を解放することも可能です。さらに教育や医療のような公共サービスを国家統制や営利化から解き放つことも可能です。すなわち、政府・実業界・市民界が自由・平等・互恵・持続可能性という原理に従うことで、共同で社会の富を作り上げます。政府・実業界・市民界はそれぞれ分立して独自の仕方で社会に貢献すると認めることで、私たちの幸福度も社会の富も変化に対する適応力も増大するはずです。市民界および文化においては自由の原理が、国家部門では人権と平等が、企業や経済生活においては友愛・互恵の原理が活動を導くようになればなるほど、私たちの社会は創造性に富み、公正かつ民主的であり、健全で適応力のあるものになる、というのが本書の考え方です。
さらに本書は、望まれる社会を共に創ろうとする人々に実現可能な対策や変革手段を示したいと思います。資本主義から持続可能で創造性に富んだ公正な市民社会に移行する上で、分析に役立つ社会の見取り図、方策立案の際の手立て、パートナーシップ形成の資料などです。産学官のパートナーシップを形成する際、エネルギーの効率的使用や、交通、住宅、保健、教育など、様々なテーマに焦点を当てることができます。これらの手段や見取り図は、ビジネス・リーダー、政界の指導者、政府の官僚、市民界やコミュニティの活動家、ファシリテーターなど、自ら改革に携わろうという人々なら誰にでも役に立つことと思います。