マーテイン・ラージ著、林寧志訳 © 2019 Yasushi Hayashi
『三分節共栄社会―自由・平等・互恵・持続可能性を実現する―』3の1
この章では「どんな見取り図を使って持続可能な社会や地球を実現するか?」という問いを立てて、それに対する答えを追究します。経済的自由主義に基づく資本主義や社会主義、共産主義といった政治思想がいずれも使用期限切れとなった今、どんな新しい社会をイメージすればいいのでしょうか。
一九八〇年代まで実業界と政府という二つの社会権力が社会を支配して、「共同体」と言う概念には口先だけの約束をしてきました。経済的新自由主義者のマーガレット・サッチャー元英国首相に言わせると、元々社会などというものは存在せず、私利を追求する個人の集まりに過ぎないというわけです。「市場」という概念が政治や文化を支配してきました。けれども、市民運動によって東欧の共産主義政権が倒れ、一九八九年十一月のベルリンの壁崩壊がもたらされるにいたって、「市民界(シビル ・ソサエティー)」という第三の勢力が社会に生まれたことは無視できなくなりました。
フランシス・フクヤマが共産主義の終焉を持って資本主義の勝利と位置づけ、一九九二年に「歴史の終わり」を宣言したにもかかわらず、当時のジョージ・ブッシュ(シニア)米大統領の「新世界秩序」や、一九九一年にワシントン・コンセンサスとして猛威を振るった新自由主義に対抗するものとして、地球規模で市民界が発展してきました。グローバルな市民界は、環境破壊、格差の広がる不平等、先住民族文化の破壊、社会的排除、グローバル化した企業による国民国家・文化の取り込みといった様々な問題について、懸念を表明したのです。大企業が支配するWTO世界貿易機構に対抗してグローバルな市民界が「シアトルの戦い」を先導し、WTOの破滅的な行動計画を暴露しました。さらに二〇〇三年に世界中で起こったイラク戦争反対デモは当時のブッシュ米大統領・ブレア英首相による戦争正当化に疑問を呈して、国際的な環境保護団体グリーンピースはブレアBlair首相を「うそつきブレア」ともじったブライアー〝Bliar〟というイメージをロンドン・テムズ川沿いの英国国会議事堂に投影しました。また、市民界は政府や大企業に反対するだけでなく、今日私たちが直面する大きな問題の数々に対処する解決法を発展させています。二〇〇九年一月二十日にワシントンでオバマ大統領の就任を祝うために二百万人の人々が集まったのは、「私たち一般市民は地域活動に政治のルーツをもつ人物が率いる政府に期待する」という、市民界からの希望の表明でした。
そういうわけで、これからの社会は、実業界・政府界・市民界という三極の社会パワーから成ります。それまでの大企業と政府という二者の馴れ合い関係が、第三勢力である市民界の出現によって変わるのです。したがって、政府が地球温暖化に対処するために二酸化炭素の削減を支持しながらも、実際には低炭素技術の開発を進めるべき電力会社が新たな火力発電所を建設するのに柔軟な態度を取ったりする場合に、市民界が決定的な行動を起こすことができます。例えば環境保護団体などの市民界組織が地球温暖化対策に公共投資する「グリーン・ニューディール政策」を支持して、デモンストレーションによりその考えを社会に広めて人々の価値観を変えるように促すのです。
この章では、今出現しようとする社会の三極のイメージを探ります。社会は一枚岩の構造を持つのでなく、それぞれ自立した経済・政治・文化の各組織がダイナミックな相互関係を保ちながら機能するという考えを提示します。単純に言えば、社会は三本足の腰掛のようなもので、実業界・政府界・市民界がそれぞれ経済・政治・文化の領域の足となって社会を支える構造になっているということです。この章では次のようなテーマを検討します。
· 実業界・政府界・市民界の区別を曖昧にするとどうなるか
· 新自由主義から三分節社会へ進むための見取り図
· 実業界・政府界・市民界の機能の仕方
· 持続可能な発展のための三界パートナーシップ
· 三分節社会、組織、および人間について
· 実業界・政府界・市民界を再発見する
· 文化の力、政治の力、経済の力
· 二極構造から三極構造の力関係へ