マーテイン・ラージ著、林寧志訳 © 2019 Yasushi Hayashi
『三分節共栄社会―自由・平等・互恵・持続可能性を実現する―』8の0
第三部では境界線を引き直して、狂奔する資本主義によってなぎ倒された柵を修復するためのアプローチを概略します。社会の〝生態系〟すなわち「ソーシャル・エコロジー」を観察すると政治・文化・経済という三つのシステムが別々に機能していることがわかりますが、それを見据えれば実業界・政府・市民界の三界がそれぞれの長所を生かして共同利益のために貢献することができるはずです。ここでは次の四つのアプローチを提示します。
· 資本主義を変革する:資本をコモンズ(共有財)として保護管理(スチュワード)する
· 住民のための土地、手の届く住宅
· 市民のベーシックインカム:富を万人のために
· 教育に自由を吹き込む
新しいビジョンを達成するにはどうすればよいでしょうか。上に挙げた四つのアプローチは絵空事でも単なる理論の押し付けでもなく、今まさに実際に出現しつつあります。新たな変化の兆しを先取りして、それを具体的に推し進めるような方策が重要です。「未来を築く種子はどこに芽吹いているか。どうやってこれらの種子や芽を理解し、また支えていくのか。」が問われています。
コミュニティに支えられた食料・農業運動を取り上げてみましょう。一九八〇年代に始まったこの運動は今全世界に広がりつつあります。農産物の直売、コミュニティ支援農業(CSAコミュニティ・サポーテッド・アグリカルチャー)、生産者・消費者の共同体などが生まれています。同様に、適正技術や自然資本の運動も注目されます。実業界は世界中でムダのない生産方式を用いて効率のよい結果を出すよう努力しています。新しいやり方を学ぼうとする動きは加速度的に広まっています。伝染病が広がるように、実践例やインスピレーション、口コミ、学習を通じて社会を前進させようとする運動が世界中に浸透しているのです。
今出現する変化を先取りするという方法は、革命によって国家権力を奪取したり、過半数を握った政党が公約を押し付けたり、庶民感覚から程遠い経営陣が行うトップダウンの改革とは全く対照的なものです。政府が改革を進める際には往々にして、まず現状をさんざん非難した上で、法律によって新しい計画を強制します。けれども、今出現する変化を先取りする方法は、政治家が国民を子ども扱いして行動に駆り立てるのでなく、リサイクル運動が広まったときのように市民の主導で広がってゆきます。市民参加の計画・行動、つまり市民が現状を描き、重要問題を分析し、取り組むべき課題を特定し、優れた実践例から学ぶことによって、望ましい未来を実現するための変革が達成されるのです。
けれども、市民やコミュニティ団体の中に生まれている小さな変革の芽生えが政界・市民界・経済界のリーダーたちから無視され続けると、状況がますます悪化した挙句に制度が破綻するまで、何も変わらない可能性があります。二十世紀初頭の自由放任資本主義の破壊力は、一九二九年のウォール・ストリートの大暴落、大恐慌、さらには第二次世界大戦を経て、ケインズ学派の混合経済と福祉国家が生まれるまで、食い止めることができませんでした。二〇〇二年から〇三年にかけてはサー・マイケル・ローズのような著名なイギリス軍人によって、戦争でなく経済・文化・政治的手段を用いてイラクに幸福な未来を築こうという平和運動が提唱されていましたが、ブッシュ大統領やブレア首相は三兆ドルの戦争を推し進め、多大な犠牲をもたらしました。今、世界中で多くの若者が地球を保護しようと望んでいます。政府界・市民界・経済界はそのイニシアティブをサポートすることができるでしょうか。
社会変革をリードするためには、まずどの点で前向きの変化が起きているかを検討し、次にそれに対する人々の反応の仕方やそれを社会発展に結びつけるための原則などを把握することが必要です。ここで言う原則とは、例えば資本・水道・土地のようなコモンズを商品として扱うと市場が次第に機能不全に陥って不平等が増大するということ、教育や保健などが政党政治に翻弄されたり制度が官僚化されたりすると、現場の人々の裁量が生かされず、仕事への意欲がそがれ、サービスの低下や経費の増大を招くということ、などが挙げられます。このような原則を理解すると、今起きている変化を促すことができるようになります。
See Robert Karp, ‘Toward an Associative Economy in the Sustainable Food and Farming Movement’, Biodynamics, Spring 2008, pp. 24-30. (ロバート・カープ「持続可能な食料・農業運動における連携協議経済」)
以下の三章では、土地、労働、資本を社会が創造したコモンズとして扱う必要があることを論じます。その際、公共利益を確保するために土地や資本をコミュニティ・トラストに信託し、その上でその土地や資本を起業精神を持つ個人にリースするという方法について述べます。市場の力を抑制するためのテコとして土地・労働・資本をコモンズとして再定義し、創造的かつ公正で、豊かでありながら持続可能な社会を発展させるのです。